[4]失恋と朝とカモミール
朝陽を受けた明るいキッチンでカモミールティーを淹れる。柔らかくて穏やかな香りが湯気に乗ってふわりと部屋に漂って爽やかな気持ちになれた。
彼と一緒に住んでいた部屋は別れた後に解約してしまい、今は一時避難として実家に帰っていた。そうなのだ…。悲しいけれど、現実は待ってくれない。毎日泣いても彼は戻って来ないし新しく住む家を見つけなければいけないのだ。
インスタや様々なアプリで住みたい部屋を探した。そこまで高い部屋には住めないし、だけど駅から遠いのは嫌だ。会社から程よい距離で近くにコンビニとかあれば便利だし…。
そんなことを1週間くらい繰り返して見つけた少し古いけれど洋館のような雰囲気を纏ったアパートメント。
窓が大きくて小さなテラスが付いている。一階にはカフェ兼バーが入っていて小洒落ている。ぶっちゃけ一目惚れに近かった。既にユリにお願いして一緒に内見をして契約まで済ませている。昨日がその入居日だったのだ。ほとんどの家具は運んだけど疲れ果てて実家で眠り込んでしまっていたのだ。
新居に足を運んで荷物を整理して新しい生活に胸を躍らせる。大きな窓から見える景色も、そこまで大きくはないけれど手入れのされた心地よい部屋。彼と別れて初めて前向きな気持ちになれたような気がする。ふとお腹がすいている事に気がついて、どうせだからと、軽く上着を羽織り一階のカフェで食べようと思い足を向けた。
カランと軽やかな音を立ててドアのベルを鳴らして中に入ると温かな空気といい匂いが漂ってきた。柔らかなライトで照らされたカウンターとふかふかのクッションのあるテーブル席、全体的に暖かさそうなニュアンスの店だった。
「いらっしゃいませ」
キッチンカウンターから声をかけられて、一人でテーブル席に座るのも悪いかなと思いカウンターに座った。
「初めて見るけど、新しく入居した人?」
お水とメニューを出してくれたのは、ワイシャツに黒のベストと同じ黒のエプロンをしたウェイターの様な格好をした50歳くらいの柔和な笑顔を浮かべた男の人だった。
「はい、今日から7階に住む事になった七瀬と言います。」
メニューを受け取り笑顔で答える。
「そっか。よろしくね七瀬さん。分からない事とかあったら気兼ねなく聞いて。夜はバーもしてるからさ。」
にこにこと微笑んでくれてほっとした。新しい生活の癒しスポットになりそうだ。